銀河からのメッセージ ―GALAXY.5という夢中旅行に思うこと
はじめまして、ななもんと申します。
初めてブログというものを書きますので、いかんせん使い勝手がわかりません。
なんだか見にくいところがあるやもしれませんがお許しください。
中の人について少しだけ……
日本近代詩(ハイパーざっくり分かりやすくいうと国語の教科書の一番最初に出てくる詩)を専攻とするしがない学生です。よってやや抽象的な表現がでてくることがあるかもしれませんのでご承知おきください。なお文才はありません。
それではいってみよう!
去る6月27日(土)、わたしが推している9人組ボーイズグループの全国ツアー「GALAXY.5」公演が無観客生配信によって行われました。
本来であれば、全国14か所をまわるとても大規模なツアーになるはずでした。
しかし昨今の事情を受け、ほぼすべての公演を中止。
そのような状況のなかで彼らはこの壮大なエンターテイメントを生配信という形でわたしたちに届けてくれました。
わたしがこの公演を見て感じたことは”ものすごいショーを見た”ということです。
それからとてもメッセージ性の強いものだったということ。このような状況だからこそ、伝えたい伝わってほしい何かがあったように感じました。
1曲1曲感想と考察的な何かを書いてしまうと、文字数がとんでもないことになってしまうと思うので、かいつまんで書いていこうと思います。
メンバーが新衣装に身を包んでずらっと並んだサムネイルが少しずつぼやけて、会場の様子が映し出された時、自分がそこにいるのかと錯覚しました。
会場の座席がライトアップされていて、まるでペンライトの光のようだったから。
ほどなくOPの映像が映し出され、1曲目が始まって度肝を抜かれました。
Perfumeか?????????
紗幕に映された映像にリンクするように歌い踊るメンバー。
わたしは彼らの単独に限って言えばライブハウスの現場しか体験したことがなかったので、画面の前でひっくり返りそうになりました。
楽曲の歌詞にリンクした映像に合わせてくるくると動いて
手品みたいにあちらこちらからメンバーが出てきて歌って踊って……。
GALAXY.5という世界観を確定するOPだったと思います。そしてこれはこの状況へのある種の宣言のようにも感じました。(ちなみに主はこの時点ですでに号泣)
ZENBUの歌詞の中に
踏み出せワンステップ 夢を背負って 小さく偉大な一歩
知恵を絞って 時代に乗って ジョイントしたら世界は無限大
という部分があります。
こうやって公演を生配信で行うために多くの人が知恵を絞って、そして今の時流の中でできることを模索してくれたのだと思います。
そうしてわたしたちと彼らが同じ時間を共有するとき、わたしたちと彼らは自由になれるのだと思います。
彼らはステージ上で何にでもなれる、自由自在に動いてパフォーマンスをして、わたしたちはそれを自由に楽しむ。
身体的に同じ空間を共有していなくても配信によって疑似共有することによって、それは「僕らのテリトリー」になる。
ステージ上なら、それを共有していればこの情勢の中でも自由になれる、なっていいんだ、という宣言のような、そんな気がしました。
1回目のMCまで約30分歌い踊り続け、お芝居のパートへ。
”飲みこまれると全ての音が吸収されてしまうサイレントホールを消滅させるためにそれぞれの惑星の歌を歌い継がなくてはいけない”
この状況に陥る前からおそらく決まっていたであろうストーリーが、こんなにも今の状況とリンクするものなのか、改めて彼らの「物語」を引き付ける力を感じました。
そして間にダンスメドレーパートを挟みながらの惑星ソロ。
全てのソロ曲が終わった後、MCの最後に流れたイントロは「ばいばい」でした。
惑星を巡る夢中旅行はここでおしまい。
「ばいばい」はどうしても切ない曲というイメージが強かったのですが
新しくアレンジされたこの曲は”次への約束”でした。
そして庭の樹 ♪探してしまう で無観客の客席を映すカメラにどうしたって身体的な空間を共有できないことをまざまざと感じさせられて
それでも”もういいよ”と言える日を待ち望んで。
最後の曲、太陽を想起させるNSで本編は幕を下ろします。
そしてアンコール。
ここでもやっぱり自分は会場にいると錯覚しました。画面の前で1人で叫んでいた(叫んでいた)アンコールが会場から聞こえてきたからです。
ラブチアで再び幕を開けて、ひとりひとりのあいさつのあと本当に最後の曲として披露されたのは「tap-tap!」でした。
個人的にこの曲を最後に持ってきたのはかなり意外でした。
あんまり最後に歌われるイメージがなかったんですよね。
言い方は悪いですが、もっとフィナーレっぽい曲っていっぱいあると思うんです。
でも何度も見て聴いているうちに気づきました ”あ、これは叫びだ”
tap-tap! 目の前の僕は tap-tap! ちゃんと見えるかい
tap-tap! ただの意気地なし なんにも言えずまたバイバイ
当然「画面の中」にいる彼らには「画面の前」にいる私たちは見えません。
身体的空間共有が叶わない今、「画面の前」のわたしたちが本当に画面の前に居るかは彼らには分からないのです。(オンライン授業を受けていてもつくづく感じます)
彼らはもちろん意気地なしなんかではありません、少なくともわたしにとっては超かっこいいスーパーアイドルでスーパーヒーローです。
それでも、あなたの目の前の「画面の中」の僕はちゃんと見えるかい?と届いていることを信じて、何かを直接言うことは叶わないままこの時間にバイバイしなければならないという切実な叫び。
明るい曲調の中にちょっぴり切なさが混じったような気がしました。
ここまでいろいろと何様目線な上に小難しい感じに書いてしまいましたが
最終的に何が言いたいかというと
早く生でライブ観てえな!!!!!!!
2020.7.6-2020.7.7
ななもん